ヨガの目的~the purpose of Yoga~
- SHANTI-LOTUS

- Jan 13
- 3 min read
前回のブログ投稿から丸1年。
気づけば世間は2026年になりました。
「そうだ、たまにはブログも更新しなきゃ…」
なんて考えてブログページを開いてびっくり。
時間が経つのは早いものです。
そんなこんなで、今日は少しだけヨガ哲学について書いてみようと思います。
ヨガクラスでよく聞く、「自分自身」という言葉。
これは、ヨガの聖典ヨーガスートラでは、「プルシャ」と呼びます。
私たちが私たちであることを認識する自分自身、アイデンティティとはなんでしょう?
あなたの身体でしょうか?
はたまた心?
それとも脳?
一般的に、私たちは「自分自身」を指すとき、これらを「自分自身」である、という傾向性があるそうです。
しかし、ヨガ哲学ではこれら全ては本当の「自分自身」ではない、と説きます。
あくまで”仮の姿”なのだ、と。
私たちが一般的に認知する「自分自身」も含め、この世のありとあらゆるものは、全てこの自然世界を構成する一部であり、本当の自分自身はこの全ての自然世界の変化を「ただ見ている不変の”存在”」であるというのがヨガ哲学における「自分自身」の考え方です。
「プルシャ」は、概念として”魂(soul)”に限りなく近いものといえ、また、この対となる、目に見えるありとあらゆるものは全て「プラクリティ(自然世界)」と呼ばれます。
プラクリティは”日常にある全てのもの”であり、人が五感で認識できるものです。
このため、何も知らない状態(無知)の私たちは、プラクリティに本当の自分自身(プルシャ)を覆い隠されているのです。
アシュタンガヨガでは、練習の始まりに必ずマントラを唱えます。
このマントラでは、ヨガの師(グル)パタンジャリが、私たちの無明(=無知であるため「真実の自分自身」に辿り着けない迷い)を取り払い、プルシャに辿り着くための道筋を照らしてくれることに感謝の祈りを捧げています。
「真実の自分自身」であるプルシャに辿り着くこと。
これこそがヨガの最終的に目指すべきゴールなのです。
また、ヨガの練習をアーサナから始めることもここに理由があります。
前述したように、私たちが「自分自身」と認識できる最も身近なものは身体です。
このため、自分の身体の隅々にまで意識を行き渡らせる練習を行い、
客観的・俯瞰的に自らを意識できる訓練をしているのです。
呼吸を通じて自分自身の内なる変化を客観的に俯瞰するとともに、身体と意識の変容を通じて日々の生き方そのものも変革させていく。
この積み重ねこそが私たちを「真の自分自身」へと導き、
より良い日々を生きていくための知恵となっていくことでしょう。
2026年も素晴らしい練習の日々を送っていきましょう。
OM、Shantih.
SHANTI-LOTUS dai






I read the post about the purpose of yoga and how it helps calm the mind and strengthen the body, and it reminded me of my own first yoga class that made me feel more relaxed right away. In college I even felt so lost in a class that I thought to pay someone to complete my online course for a minute just to get through it, which felt wrong. Now I see yoga taught me to slow down and focus better on what matters.